バカの壁「芸術はお金のある人しかできないんだぞ」
こんばんは。身体建築士です。
春めいてまいりました。
最近はとても静かに仕事をすることができています。
バカとは話すな というびっくりする言葉があります。バカの壁。これを地で行く方が世の中うまく行くみたいです。
計画は着々と実行中です。
さて、またバカの壁の話。
タイトルは私が高校生くらいでしょう、なぜか父親と進路の話をすることになり母もいましたが、その中で
芸術はどうなの という言葉が出ました。
なぜなら、小学生から高校生迄 算数数学社会理科などは普通なのにいつも「図画工作」は良いだったから母親としてもその系統に才能があるのではないかと思ったのでしょう。
しかし、開口一番父親のこれです。
「芸術はお金のある人しかできないんだぞ」
この言葉の意味を長年考えました。もちろん、親が学費を出す以上親が反対する学校には行くことは憚れます。殴られるとか出ていけとか、もう学校は行かなくていい明日から働け等と17歳くらいで成績が悪いわけでもないのに言われる可能性が多分にあったからです。
「芸術」その時代だと岡本太郎氏でしょうか。芸術は爆発だ!と破天荒な行動をしているのもテレビで流れていたようです。その前にゴッホだとかそういう文化展の開催もないド田舎では芸術?芸事よりもメシを食えるようになれということ、つまり漁師なら学校なんか行かなくていいから 漁船を運転して魚を取ってこい 農家なら穀潰し扱いされます。
さて、私見ですが以下バカの壁に感情抜きで挑んでみたいと思います。
芸術
技術
言葉で見ると、これは術の一つであるようです。
英語ではART 、TECHNOLOGY と空間性と歯車のような合理的な機械の対比を想像させます。
バカの壁の自分なりの解答です。自分で納得してこの壁は塞いでしまいます。
術を「学ぶのに」学校に行き学費を払って学ぼうとするからお金がないとできない事になります。
学校に活かせるのに「役に立たない学問」を学ばせて自分のメシを食えないようでは困るから言うのです。
フランスに絵画芸術留学をして、そのままルンペンになって一文無しとなり食えなく野垂れ死にした日本人画家が多数いたとかいないとか・・・・
絵の具を買う金はどうするんだ。 画板はどこで買うんだ。
とまたカネカネカネの話ですすめるから「お金持ちしか芸術ができない」となんとかかんとか言うわけです。
私は芸術芸事に行こうなんて一言も行っていなかったのですが、学校へ進学という話題だけでこれでした。
そこから芸術をやる人は違うのでしょう。
術を学ぶのにもし絵の具と筆があれば芸術ができると考えるなら、それを買って自分で描いてみる。
画板を自作する。絵の具は花から作り出す。田舎もので自然に溢れていて良いんですよ、こんな地域は日本中探しても他にはありませんと校長先生はおっしゃいましたが、そうなると、石器も自分で作ることもできる、絵の具も、筆も、なんでも作ることができる。
芸術はそこからがスタートなんだと思うようになりました。
出来た物は
芸術作品
です。
親ばかりではなく、自分が芸術やものづくりを志向してこなかったのはベクトルが向いていなかったわけです。
芸術について哲学的に学んだこともありますが、なんか絵の描けない人が絵から受け取る印象をカントの理性を用いて論じている、これは美学というものでした、ように感じて、テストにそれを描いたら不可になりましたw。
私は図画工作は良いだったので、書道や小中高レベルですが授業で作成したものはほとんど特選や少なくとも佳作だったりしたわけですが、それを才能とか自分で伸ばそうというよりも、「算数理科社会などの他の成績が良くないとならない」と戦々恐々、悪いテストの用紙はベッドの下に隠していたりしたものです。後日たくさん見つかって怒られた幼少時代w戦々恐々として勉強を視力を落としてまでして普通の成績だったので、そのへんはあまり得意ではないということでこのブログも読みにくいでしょう。涙) でも作家になるにはなんて本を買っては「模写する」とあれば、島崎藤村やらを書き写したりしたりしていましたがw他に同じ方はいませんよね?(^^)?
脈絡なく結論を書くと
(学校に行って学ばないと芸術ができない)はバカの壁です。
ホリエモンが寿司職人についてツイートしていたのかな?寿司のコメを握るまで5年、ネタを握るまで7年 客前に出るまで10年とかいうのは「低賃金労働をさせるための都合の良い話で奴隷」。寿司学校で学べば半年で握れて出せるでしょう、という話。同意します。寿司技術がほしいなら10年も貧民労働を下働きなどとして過ごすよりも、借金をしてでも半年で技術の基本を学び、お客さんに出して「お客さんのニーズを自ら知ること」がマーケティングだったり技術改善だったりしますかね。寿司職人は研鑽を日々する必要があるならお客のニーズに対して自分の技術を研鑽するべきて、店の運営を潰れるかもわからないところで修行として経営を学ぶ(近江の商人なら別ですが)よりも、経営は寿司経営のノウハウをお金を出して学ぶほうが良いでしょう。
私も白米と缶詰のまかないで月25日働いて生活保護並みかそれ以下の給与で国保支払いできずなど経験していますから・・・・同じような古い型はもういらないように思います。
芸術 は話術もそうでしょう。寿司のように三次元が前提ではない訳ですから、過去未来、理想、宇宙、観念、天、神、仏までも森羅万象を対象にするとらえどころがつかみにくく自分で決めて進めないとならないような気がします。だから逆に学校に行くなら目的というか自分の対象とする分野を見つけに行くためくらいのほうが良いのではないかと思うところがあります。もし二十歳ころの私に藝術進学の可能性があったら、技術ではなく対象を定めるために学校に行くように言うでしょう。
芸術大学に行くというのはどんな気持ちなのか。。。
シアターセンターなどで若いピアニストがコンサートを開いています。あの方々は、青年になりどうなさっているのか。
そう思ってしまいます。今は筆で似顔絵描きしますという露天のような商売はなかなかうまく行かないのかわかりません、実用性と芸術性が兼ね備えられていれば誰しも認めるのでしょうが、そこには感覚的な満喫感、何かイメージできる崇高さというような言葉にすると陳腐はなばたしい突き抜ける何かがあってこそなんだろうと思います。
今日も一日お疲れ様でした(=^・^=)
明日も良い一日になりますように。
成田山新勝寺のお護摩ご祈祷に参りました。ありがたや。
治療院・整骨院の受診対象年齢と期間
こんばんは。身体建築士です。
花粉真っ盛りですね。私はビタミンDとKとして納豆を毎日食べることで、連発したくしゃみなどとは無縁ですね。
高校時代にバスケットボールを顔面に当てられて鼻が曲がりまして、鼻中隔湾曲し慢性的な鼻詰まりはありました。知識のないときはこれに慢性鼻炎を併発しておりかなり苦しかったですが、花粉症は雰囲気だけ今感じています。
さてタイトルのお話です。
前前の日記だったかな、「治せないから潰れる」という医療経済原則の新時代が到来しています。
治るのか治らないのか。聞いたことがありませんか。「医者は病気を治すのが仕事だろう!!」とキレまくっているおじいさんや中年紳士淑女の話。診察時に眼の前のドクターに言うものですからこれは本質をつかれてしまいました。
キレ易い老人 というのは老化して判断ができないからというのもあるでしょうが、正当なものの存在が成り立っていないという適正な意見もあるでしょう。
私の関与する運動教室も同じことですが、お役所から利用制限を制度上された理由があるとはいえど、以降利用者さんがつどらないのは、、、、その運動では効果が出ていないからなのです。
一般的な運動と認知症の効果などテレビで言われるのはまさしくごもっともです。
例えば・・
運動が認知症予防と改善に効果的。
膝の変形性膝関節症にはももの全面を鍛える。
運動は脳の機能を高め記憶力を上げる。
運動はストレスを解消し健康に過ごせる時間を増やしてくれる。
運動は体のBMIを適正に保ち肥満や成人病、生活習慣病を改善する。
運動は体をシェイプさせ健康体にしてくれる。
社会的に認知症患者の人数が増えてくることで予想される社会の老化を予防する というつもりで私は取り組んでいます。テキトーじゃないんですよ。マジですよ。
これらは何ヶ月も続いてはじめて達成できますから運動を自主的にする人はこの効果を感じている。そこには昔の不養生をしていた自分と違う自分があるから続けるわけです。
定期的に運動して健康であったら「お金をくれる」のならするのより積極的するでしょう。しかし、誰もお金をくれません。それどころか、今まで払った社会保障費用と国保や税金を取り返すとまで・・これもマジな話ですよ。
とにもかくにも、他人に言われるがままで報酬もないとなれば、やることに繋がらないわけです。
だから良く危機感を煽る「煽り系」のCMが出てくるわけですが、これも薬が主で裏があります。
プロ野球やアメリカのボディビルは肘が壊れても、ドーピングでロニー・コールマンのような1トンのレッグ・プレスをするような常識外をしてでも 「他人を打ち負かし、自分がトップに立ち、名声と大金を得たい」からするのと全く真逆です。
あなたが健康を維持したいのなら、認知症になりたくないのなら運動をしなさい。
は受動的なモチベーションな訳です。ロニー・コールマンは世界一IFBBミスター・オリンピアに8回なりましたが、腰椎・頚椎・股関節に人工関節が入っています。まっとうに歩けないのです。
特に変形性膝関節症で立ち上がりに膝に激痛が走って・・・・・という方には確かに大腿四頭筋訓練は必要です。
しかし、縦に自分の体重が膝に直撃していますから「治りません」なおるとは「人工関節」にすることなんです。
高齢者はこの疾患めちゃくちゃ多いですけれど、ついに83歳にして両膝を人工関節に換えたという方何人もいますし、
私が体操を指導して感じることは、数年見てくると膝はどんどん変形してくの字になっていく。膝は膨れ上がり熱も持っていたりする。
本人が運動で膝の筋肉を落としたくないという強い意志があり、運動効果を期待して来院しますから、そりゃ
責任重大な訳です。そういうことを考えていますが、変形性膝関節症は一度かかったら治らないともし言われているのならば、さっさと手術して痛みを消しゴルフなり旅行なりに行くのも良いのではないかなと、(放棄でしょうかw)いうのもあります。
結果的に運動で変形性膝関節症になっている「体の傾き」を「膝や脚ではない筋力トレーニングをすることで」解消できるとすれば「それは軽症のうちに速やかに取り組む」ということになります。しいたけのようになってしまってはもはや手遅れです。ならないようにしないとなりません。
また、上の記述では「運動で変形性膝関節症は治療できていない」ということでもあり「対症療法で寿命までこれをやる」という時間管理になります。そうなると、「ひざや腰の痛みは当治療院の骨盤矯正で!!!!」と言ったところで、老化してくの字になっていく患者は自然に来院が少なくなりますので、「対症療法で対応できる痛みのうち」しか患者さんは来ないことになり、最終的には最善の策として「人工関節」置き換え術 をもってその骨盤矯正治療所は行かなくなります。(今はどんどん新しい患者さんがきますから、流れていった患者さんより入ってくる患者さんのほうが多いのかもしれません)
私の経験から推測すると女性では45歳位から生活上での膝の痛みを訴えて、痛み止めを飲んだり、鎮痛剤塗布をして55歳位から本格的に整形外科にかかりはじめ、マッサージ、鍼灸、整骨院に行き電気で和ませ、65歳くらいから腰痛とヒザ痛と股関節痛を併発して歩行に支障をきたしはじめて来ます。そして手術などを考えて74〜78歳ころ手術をする。と簡単に時間系列を考えてみますと、一人の患者さんが一つの治療院を信奉してかかりはじめてからかかり終わるまでは65歳の数カ所の関節痛を発症してから長くて20年ということになります。
この20年が人生において「整骨・鍼灸マッサージ」の受診期間として濃密な時期になります。現在隆盛の絶好調機ですねw人口ピラミッドが上に流れて蕾状態からトゲの形に、社会的な高齢者増加の時期がすぎると「閑散」としてきますから、治療院同士のさらなる激化した切磋琢磨が発生し、銀行並みにドカドカと潰れてゆくことになります。
私は、昔流行した遊園地を思います。 今は廃墟・・・・
くにやぶれてさんがありしろはるにしてそうもくふかし
運動も効果があるのになぁ。というのは「印鑑がデジタル世界になりつつある今、不要とされてきているため、印鑑業界が慌てて声明を出す」というような状態にならないと良いのですが。
今日も一日お疲れ様でした(=^・^=)
明日も良い一日になりますように。
また聞きたいのですが、財産ってなんでしょうか。
最近春めいてきたからか、また臭い香水ルパン三世が登場してきてもううざいですw辞めてください。勘違いしています。
言葉のお勉強)ヤブ医者、ヤブ運動トレーナー、ヤブ治療師の「ヤブ」って何なの??
こんばんは。身体建築士です。
今日は入浴に行ってきました。いいお湯でした〜最近ものすごくストレス状態だったので、かなり解消されました。
ストレスは「自分で解消しても環境が自分に合わなければ発生し続ける」ものですから、一時的な解消に過ぎません。本質はどこにあるのか確認を自分でして、根本が解決しないといつまでも放射能の石のようにジリビリと放出しているものです。
私は一時的な解消をしただけに過ぎません。最も目立っている原因の しょ いしゃさんの「ノイズ(三分おきに引き出しを開けてせんべいをボリボリ食い始めては、直後に定期的な音程の一定しているセキコミをはじめ、最後にうんで終わる)」という工事現場のほうがまだマシな音に悩まされています。書類だってやらないとならないのに私は逃げていますよw
大日如来の真言は最後に「おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら はらばりたや うん」とされていますが、これを彼は地でやっているのでしょうかと尊く考えてしまいましたw
多分絶対に違うと思うんです。
さて、表題はかなり恐ろしいものですね、
ヤブ医者だから
あれはヤブトレーナーだ
あれはヤブ治療師だということで、問題の「ヤブ」とは何なのかきちんと確認しておきましょう。
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藪医者
(読み)ヤブイシャ
デジタル大辞泉の解説
やぶ‐いしゃ【×藪医者】
診断・治療の下手な医者。藪薬師(やぶくすし)。やぶ。
[補説]「野巫(やぶ)医」、すなわちまじないを用いる医者の意から出たという。
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ヤブに感じがあてがわれていますが、音の要素から何でしょうか。自然現象からなのでしょうか。見てみましょう。
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野巫(読み)ヤブ
デジタル大辞泉の解説
や‐ぶ【野×巫】
田舎の巫医(ふい)。一つの術にしか通じていない者のこと。物知らずで学行の劣っている禅の修行者にたとえてもいう。
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ふいって何なのかといえば、
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ふ‐い【×巫医】
《「ぶい」とも》巫女(みこ)と医者。また、両者の役割を兼ねた者。
総称するに、
祈りで治そうとする一つの技術しかないもの。連れがいてこの人はこの術で治りますよ。ハイ!!!!!治りましたね。目が見えている。どうぞ私に依頼ください なのでしょうか。なんかルパン三世の内容にこんなのありましたケド・・・・
ええーーー天国に一番近い病院なわけですね!!
もしかしたら・・・思ったことを書きますと、
針?だけで?鍼灸だけで?いやマッサージだけで?銃声の電気だけで???
治りますよ というのってもしかしたらこの野巫ってやつじゃないのでしょうか。
私もかつては教則本の通り「信じていました。」 ノイローゼには頭部のカクカクシカジカな指圧マッサージ。
こむら返りにはカクカクシカジカ・・・胃痛にはカクカクシカジカ と押忍気合ですねw揉む引くで「沈静化する」と・・・
しかし体の仕組みと原因を突き詰めてみれば、体は治っていないようです。
一時的に紛らわせただけ。 紛らわしい術ですね。なんか
紛らわしい のはヤブの概念に似通っているような気もするのですが・・
あ、ここは告白場ですからあなたの鍼灸マッサージ、電気がどうのこうのということではありません。
治らないから潰れる という経済原則からすれば
治っていないので、治療に入る等高尚な言葉は言ってはなりませんよねってことです。
術の実施に入ります、薬とも協力しないと、あるいはビタミン、蛋白質と提携しないとならないのですね。ということは、それを「知っていないと、関心をもち一日三十分最新情報を得る」程度のことをしないとなりませんよね。
今日も一日お疲れ様でした(=^・^=)
明日も良い一日になりますように
あしたも最後は「うん」で咳が終わるんでしょうね。症状として慢性化と定期化が見られているので「精神的な原因」でしょうね。自身で治そうともしないとなるとマスマス彼がノイローゼである確率が高まります。
体は不調を訴える
訴えが「うん」なのです。自己肯定しているわけです。では否定はどこから来ているのか。
そんなの知りませんよ。自分で肯定してくださいよ。
これ・・・・・・・・って
怖いですね!!!!!!!
バカの壁 「白衣を着てればどんな人でも先生に見えますもんね」
こんばんは。身体建築士です。
y8 でゾンビのこれをしていますが、なかなか難しくすぐ死んでしまいます。
これね。http://online.bestfreegame.com/playgame-6785.php
ところで、生きていれば失礼なこともあれば理不尽なこともあるという一例。
「白衣を着てればどんな人でも先生に見えますもんね」
これ、初対面に近い人間に言われたら 医師のあなた、理学療法士のあなた、看護師のあなたどう思いますか?
これを初対面の人に平気で行ってしまう無知の馬鹿な壁があります。もと暴走族だそうです。
介護施設はヤンキー上がり、横領事件後の人、身分は言わないでしょうが元警察官や公務員等痴漢で離職??真相はわかりませんが、合併統合の銀行で部長だった人で追い出された側の人、身体障害者手帳をもらうに然るべきガクガク歩きの人など様々な人が働いています。
いわゆる、掃き溜め ともいいます。
私も掃き溜めに流れていった汚物の一人なのでしょうかと、9%の焼酎を飲みながら考えます。おかしいな、、、「人のために役に立つ仕事をしたい」と進んできたはずなのに・・・おかしいなぁ。おかしいねぇ。自分も犯罪者だったのかな・・・なんて思うこともありました。しょ が しゃ もいます。
誰しも「こういうふうにはなりたくないな」「こんなことは皆目予想していなかった」「しょ しゃに翻弄されるのが給与に入っていたなんて思いもしなかった」というような
あなたが思いもしなかった状況や人材環境に恵まれています。
失礼な話しされたなあと何故か今日思い出してしまいました。と同時に、自分の環境を冷静に見直します。
犯罪者?倒産?batsuichi?汚職??メンタル系__?_へ???私もそうなのかと「呉越同舟」「類は友を呼ぶ」に則ると私もそうなのではないかと白髪を増やしてしまって数年立ちました。
自分がブラック残業(今でこそですが)終電前まで毎日いるのが当然、近くのホテルに自費で泊まる人までいる会社で働いていた頃を思い出しますと、10歳若かったので体力はあったでしょう(しかし、血尿に不整脈が出てドクターストップされましたけども。生き来ててありがとう)その時の方々は皆いわくつきではなかった、純粋な看護師さんや臨床検査技師さんでしたけども、どうも「雰囲気が違います」
介護施設で働くことがどうしてゲソに扱われるのか。今なら活字でも書けます。ところが、若い頃から介護士となって・・おばあちゃんに良くしてもらったから・・・・という希望を持った方も当然います。そういう方は出世します。(私は爺さんも婆さんも良くしてもらったことはありませんし、小学三年で死んでましたので知りません。脳内イメージで想像で、対応しているのですよ)
私も含め、非常勤やあえて言いませんが、中途の中年は事情がある人と一言で言えると思います。
医師も免許剥奪後はどうしているのかと思いませんか?「医療に携わらない」と宣言すれば免許は保持できるとか・・
アデラン●の育毛診察なんかしているのでしょうか。真相はわかりませんが、医師でなくとも事情があって免職や罷免や懲戒解雇を受けた方はどこで社会保険を受けるのかというと、一つに「介護施設」もあるということです。
開口一番、私もクソ中途入社ですから、そういう扱いを受けても仕様がありません。いくら研鑽して予防の効果を高めようとして成果を上げたとしても、「人は殴れば痛い」「老人は老いてゆく」という自然の摂理の大テーマのもと、ちょっとの気分が良くなったことなどは大した話ではないと最近実感しました。
ですから、「他人の幸せに関わりすぎないように、自分の生活を中心に据える」という今年のテーマが出たのです。
自然の大摂理の前では何をしても無駄です。100歳長生きバンザーイでも介護保険費用は国から出ていますね。
どんなに長生きでも100歳超えるとなれば「一人暮らしでは無理なので」家族や衣食住が確保されていなれば、ワンルームの風呂なし木造アパート内で「大島てる」のサイトに乗ってしまうのです。
意味深がわかる方は何よりですれ。
今働いているところは、初対面でこんな「白衣を着ていればどんな人でも先生に見えますもんね」と理科の先生じゃねーんだぞおい。というクソ失礼な話を私に直接してきたのが 始まりですそこで今もまだ働いていますなぜか今日はそれを思い出してしまいました。
今日も一日お疲れ様でした(=^・^=)
明日も良い一日になりますように。
財産ってなんでしょうね。
「整体や治療院はり灸に通いましたが全然良くなりませんでした」のCMがまかり通るのは何故かな
コ・メディカルの開業と罪
こんばんは。身体建築士です。
花粉が舞ってきましたね。昭和二十年ころは花粉症なんかなかったそうですが、大気汚染や森林にスギを植えすぎたり、中国のPM2.5などの微粒子が飛んできて花粉症アレルギーが製薬会社の儲けの一つになっています。
そんな話はここまでとして、
患者さんがある状態を訴えているとします。コメディカルの治療院訪れました。
私としてはその症状でコメディカルへ訪れるというのが不思議で仕様もないのですが、
たいていの治療院では
それは針・指圧、整骨院なら電気で改善できますよ。といいます。(大抵とは語弊はあるでしょうが)
そう言い切る施術院があるとします。アロマ+セラピーや、音叉や祈り系でも良いでしょうし、無資格整体でもいいでしょう。
しかし、もう週に一度で半年通いましたが良くなりません。
となったとき、患者として半年間週に6,000円、月に24,000円、半年で13万円支払いましたがよくなりません。
治療師のあなた、患者のあなたはどうしますか?
治療師は?
一、他院の治療術院や鍼灸院に紹介する。
二、提携大学病院へ紹介する。これは他の病気の疑いがありますということとして。
三、まだ効果が出ていないのでもう半年がんばりましょうと言う。
どれが問題なのでしょうか。
三番 まだ効果が出ていないようです
です。
特にメンタル系はこの系統で騙される人が多いようです。
施術院は「自分の今日の肉野菜炒めのために」施術しています。あなたがいなくなれば、もやし炒めになってしまうので、なんとか明後日も来てほしいのです。あなたは「月の収入の定期的なお客さん」の一人になっています。
「いやあ、今月は一人増えてよかったよ」とあなたが題材になって言われているとします。
しかし、患者さんは「あの頭痛が治りません」と言います。
いや、スイカップ(吸玉)をやりましょう。首の皮膚の表面の血流がよくなれば・・・・とそうらしいことを言いますが
患者は治っていませんが。
あなたはどうしますか?
救急車呼びますか?
辞めたいと言っているのにあれこれと言い開放しないから警察を呼びましょうか?
体は何でできているのか知らない術者は、体が健全な栄養状態であることを前提としています(藤川先生もおっしゃいますが、医師は患者は栄養が足りていることを前提にして治療方針を立てるからタンパク質などを指導しないということです)
これに準じますと、コメディカルでも信念がありますからその信念を貫くためにいらぬ時間と費用を患者に負担させて自分の信念の賞状を得ようとしています(かもよ)。自分の信念と肉野菜炒めのために患者を死に近づけているという事実に目を向けましょうね。(=^・^=)
江戸時代から職業としてもあん摩はありましたが、それはそれはひどいものだったようですよ。
開業すると「改善よりも月の収益」を第一にします。
治らなくても(収益のために嘘をついている自覚はないでしょう、)専門だプロだ経験があると己の知っている限り「全力で」術を繰り広げるわけです・・しかし、患者は治った感じがありません。
気合い入りました!!!!でも、治っていませんね。宇宙から気をもらいました!!!!
あれ?顔色が悪くなっていますね、もう一本打っておきましょうでガンだったらどうしますか?
医療刑務所??裁判?
コ・メディカルで治らない患者はもはやあなたの術式では対処できないということです。
膝関節の痛みを本当に治せる治療家 とかfacebookで大衆に通用する技術などとして広告されていますが、広告されているものを買う習うなど乗せられています。乗っているだけなのでアフターサービスを期待しますよね。
股関節が痛すぎて膝が痛すぎて自殺しそうな患者だったらどうしますか?今日治さないと死にますけど。
股関節の講義があると楽しみにするのではなく、解剖学見直して自分の股関節を一回外してみましょうよ。(ΦωΦ)
どういう角度なら外れるのか、そこにどんな構造があるのかどんな痛みがあるのか。
死
「死」を前提にすべきかと思いますけども〜(=^・^=)
自分の生活の死と患者の死。治療師の死は肉野菜炒めがもう食べられずコメと漬物で過ごさないとならないことですね。患者さんの死はいうまでもありません。
ブログで治ると言われて通ったが全然良くならずに他の病院にかかったら○○病だった。今までのお金を返してくださいと訴訟を起こしたというのもありますね。閉店セールで安くするわけにも行きませんし。
なんのために何をしているのか再確認したほうが良いかもしれませんよ。
「開業できるんだよねいいね〜」と言われてのぼせていたりしませんか?開業の責任って何でしょうか。揉めばいいのかしら。打てば良いのかしら。ずらせば万事解決でしょうか。
どこになにをしているのか見直したら私達コメディカルは砂にやっているわけではなく、大量に気をもらえる特殊体質でもなく、ましてやその気を人に授けられて難病が治るわけでもなく、肉体にしているのを再確認しましょう。
もう一度書くと、医療刑務所って知ってますか。
今日も一日お疲れ様でした(=^・^=)
明日も良い一日になりますように。